2026.01.17

活動報告

きょう、阪神・淡路大震災から31年

“「やさしい心根の上に立つ」ことの大切さ。”

きょう、阪神・淡路大震災から31年。
地元・神戸市東灘区各所の慰霊碑に献花し、「1.17 ひょうご安全の日のつどい」に出席しました。

6,434名もの尊い命が失われました。
あらためて、謹んで哀悼の意を表します。

震災直後に発刊された神戸のタウン誌
「月間神戸っ子」(1995年2月・3月合併号)。
そこに、母校・大阪外国語大学の大先輩、司馬遼太郎さん(モンゴル語科卒)が寄せた一文があります。

タイトルは「世界にただ一つの神戸」。
(全文はこちら https://kobecco.hpg.co.jp/45883/

震災当時、司馬さんは大阪にいました。
「自分が被災者でないことが申しわけないという気持ちでいた」と吐露しながらも、
「途方に暮れる状態でありながら、ひとびとは平常の表情をうしなわず、たがいにたすけあい、わずかな救援に、救援者がはじいるほどに感謝をする人も多かった」
と、尊厳を失わず懸命に生きる人々の姿を、深い愛情をもって描いています。

「無用に行政を罵る人も、まれだった」。
それは、行政という“他者”の立場を市民がよく理解していたからだと。

「扇動をする人も、登場しなかった」。
たとえいても、成熟した市民は乗らなかっただろう、と。

そうした姿を通じて、「神戸に、自立した市民を感じた」とし、
「この精神は、市民個々が自分のくらしを回復してゆくことにも、きっと役立つにちがいない」と記しています。

そして最後に、こう結ばれます。
「やさしい心根の上に立った美しい神戸が、世界にただ一つの神戸が、きっとこの灰塵の中から生まれてくる」。

行政、関係団体、ボランティア、そして被災者を含む住民の皆さま自身の尽力によって、神戸は見事によみがえりました。
あらためて、心から敬意を表したいと思います。

式典後は、東日本大震災の被災地やウクライナ避難民のもとへ、子どもたちの桜やひまわりの絵を届けられている「アトリエ太陽の子」の展示ブース、そして絵本『ぼくのたんじょうび』の音読会へ。

震災当日に生まれた「ぼく」を通して、命の大切さと震災の経験を未来につなぐ、実体験に基づく物語です。

話を聞き、思いを巡らせ、絵を描き、一生懸命に語り継ぐ子どもたちの姿に、深い希望を感じました。ありがとうございました。

一方で、司馬さんは震災の翌年2月、復興を見届けることなく他界されました。来月で30年を迎えます。

この国の今は、当時より成熟したと言えるでしょうか。司馬さんなら、いまの日本をどのようにご覧になるか。

他者の苦しみを自分事として受け止め、思いやりと支え合いの心を失わないこと。

強さだけでなく、相手を包み込む「やさしい心根の上に立った」社会、国を目指し、子どもたちに残したい。

きょう、あらためてその決意を胸に刻みました。

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